2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の意義          ミュンヘン総領事 木村徹也

2020/6/2
バイエルン州内務省 写真提供:バイエルン州内務省

1.初めに

 今年3月、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京大会」)の延期が決定した。東京大会に向けて準備してきたアスリートを思うと心が痛む。

 オリンピック・パラリンピックは、アスリート、観客、ボランティアを含む支える人々により成り立つ。また、競技大会のみならず、それに至る準備のプロセス、大会が残すレガシー、それらが全体として「オリンピック・パラリンピックムーブメント」を形成する。

 そうした視点に立てば、今回の東京大会の延期は、残念ではあるが、同大会の意義を減ずるものではない。まず、日本のスポーツにとっての東京大会の意義を振り返りたい。

 

2.日本のスポーツ振興と二つの東京オリンピック

 私は、2015年のスポーツ庁発足に際し、同庁審議官として外務省から出向した。それまで私は、スポーツを生活や人生の一部としてしか考えていなかったが、スポーツ庁勤務を通じ、スポーツが、多くの人の関与により振興されてきた長い歴史を持ち、社会の発展に影響を与え、重要な役割を果たしてきたことを再認識した。

 日本社会にとって、1964年の東京オリンピック競技大会は大きな意味を持った。同大会のエピソードとしては、初めてのピクトグラムの導入、新幹線を初めとする近代化、各国アスリートが入り交じって行進した感動的な閉会式など枚挙に暇がないが、大会前の1961年にスポーツ振興法が制定され、1964年東京大会を超えて我が国のスポーツの発展に寄与したことも忘れるべきではない。

 同法制定から50年後の2011年に「スポーツ基本法」が制定され、その直後の2013年に2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決定、2015年に新たなスポーツの司令塔として文部科学省にスポーツ庁が設置された。こうした新たな展開の背景には、日本のスポーツを新たに推進しようとする多くの関係者の熱意があった。

スポーツ庁発足後、新たなスポーツ振興の方向性を示すためにスポーツ基本法に基づく第2期スポーツ基本計画が検討された。スポーツの「楽しさ」「喜び」を中核として、スポーツで自己実現を図り(「スポーツで人生が変わる」)、スポーツが共生社会や健康長寿社会の実現、経済・地域の活性化に貢献し(「スポーツで社会を変える」)、スポーツによって多様で持続可能でフェアな世界の実現に貢献し「スポーツで世界とつながる」)、2020年東京大会を契機として「一億総スポーツ社会」を実現する(「スポーツで「未来」を創る」)ことが基本方針とされた。スポーツ庁は、関係各省と協力し、障害者スポーツの振興、スポーツの成長産業化、スキーやサイクリングといったスポーツツーリズムによる地方振興等も含め多角的視点からスポーツ振興に取り組むこととなった。

こうした新たな方向性が示される中で東京大会が実施される。

 

3.2020年東京大会のレガシー

 東京大会は、「スポーツには世界と未来を変える力がある」をビジョンとして掲げ、日本、世界の多くの人々の参加を通じて、大会が一過性に終わることなく、未来にレガシーを残すことを目指している。

例えば、2014年から、世界の100カ国以上、1千万人の人々とスポーツを通じて交流を行なう国際貢献事業「Sport for Tomorrow」が実施されてきた。同事業では、政府、競技団体、教育機関、企業、NGOが連携し、スポーツ交流を推進するのみならず、ボスニア・ヘルツェゴビナにおける多民族の子供たちが参加するスポーツ・アカデミー設立やカンボジアやミャンマーにおける体育カリキュラムの作成支援など「開発と平和のためのスポーツ」の視点から、スポーツを通じた社会開発にも取り組んだことが特筆される。

 東京大会の参加国・地域と人的・経済的・文化的な交流を図る地方公共団体の交流を推進する「ホストタウン・イニシアティブ」の枠組みでは、3月末現在ドイツとのものを初め395の事業が登録されており、大会後も交流が広がることが期待される。

 東京大会自体についても、(1)スポーツを通じ健康を増進すること、(2)障害者の参加を促進しインクルーシブな社会を実現すること、(3)環境に配慮した「持続可能な」大会とすること、(4)学校での活動を含め子供や若者の参加を促進し、教育に資する大会とすること、(5)東日本大震災など自然災害からの復興を促進すること等の目標が立てられている。

 例えば、「持続可能性」を実現するために、金銀銅のメダルをリサイクル金属から製作する「みんなのメダルプロジェクト」、プラスチックのリサイクルで表彰団を製作する「みんなの表彰台プロジェクト」も実施されている。また、初めて聖火の燃料に水素が利用される他、オリンピック村の居住棟は、水素技術により電力や熱の供給が行なわれ、選手の移動には電気自動車や燃料電池車が活用され、このための水素は福島で再生可能エネルギーにより生産される。

 更に、東京大会を「クリーンでフェアな」大会とすることは、重要な目標の一つであり、2018年には、スポーツにおけるドーピングの防止活動に関する法律が制定され、我が国は自ら範を示すために取り組みを強化するとともに、WADA(世界ドーピング防止機構)を中心とする国際協力に参加し、フェア・プレイ推進のための国際啓発キャンペーン「Play True 2020」等を実施している。

 

4.日独スポーツ交流

 日独間では、70年代に青少年スポーツ交流が開始され、相互訪問経験者は1万人を超えている。また、私は、ミュンヘンで開催された知的障害者柔道大会に昨年出席したが、我が国は、東京パラリンピック大会を契機に学校教育における障害者スポーツの体験等を通じ、「心」のバリアフリー実現も目指しており、ドイツの取り組みから多くを学べると感じている。今年6月にベルリン日独センター等が主催して開催する予定であった「日独スポーツ法比較セミナー」は延期となったが、スポーツに対する基本的な考え方を含め両国間で議論を深めることは有意義である。そして、2022年には、友好都市であるミュンヘンと札幌がオリンピック・パラリンピック開催後50周年を迎える。

 

5.結びに

3月、2020年東京大会の聖火が日本に届いた。安倍総理は、「この聖火こそ、今まさに私たちが直面している、長く、暗いトンネルの出口へと、人類を導く希望の灯であります。人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証として、国民の皆様とともに、来年のオリンピック・パラリンピックを必ずや成功させていきたい。」旨述べている。

 オリンピック・パラリンピックの楽しさの原点は、日独を含め全世界のアスリートの活躍を通じて、スポーツを「する・見る・支える」喜びを感じることにある。来年行なわれる東京大会を皆様と一緒に楽しみにしたい

 

ベルリン日独センター機関紙「jdzb echo」(第131号)2020年6月掲載)